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ライター関由佳の紫日記

フリーライターの関由佳が、日頃気づいたことや活動のお知らせをつづるブログです。

一周忌を終えました

気づけば2021年も3月に入り、東京はそろそろ桜が咲くなんていう声も聞かれます。
本当に時間が経つのは早いですね。

さて、先月ついに一周忌を迎え、
喪が明けました。

今回、コロナ禍ということもあり、
一周忌法要をするかしないか少々迷ったのですが
やはり自分の中でけじめをつけたかったのと、
今夫にできることはしておきたい、という気持ちから
法要をすることにしました。

ただし、私一人で。

緊急事態宣言中でもあり、
地方にある夫の実家やお墓を訪れることは避けたかったので、
私の家でひっそりやろう、と思いました。

「そんなことできるのかな…」といろいろ調べていたのですが、
今の時代、本当にたくさんの方法があるものです。

おぼうさんどっとこむ」というお坊さんを派遣してくれる会社を見つけ、
問い合わせをしてみました。
すると自宅で一人でも法要は可能とのこと。
しかも私の家には仏壇も位牌もないのですが、それでも大丈夫ということだったので、
即お願いすることにしました。

当日、いかにも一人暮らしの人が住む小さなアパートの部屋の前で
袈裟を着たお坊さんがインターホンの前にいる姿は
ちょっぴりシュールでしたが(笑)、
とてもやさしく穏やかでお話し好きそうな、素敵な導師様が来てくださいました。

ここでも職業病の「せっかくだからいろいろ聞きたい」という好奇心が顔を出し、
お経を読んで供養していただいたのは数10分程度で(私一人だから焼香の時間は30秒くらいです)、
あとは仏教の話を聞かせていただきました。

先日の座禅の出来事もお話しし、
考え方などを教えていただきました。

全部で1時間半くらいでしたが(どんだけ長く話してるんだ!笑)、
本当にいい時間でした。

しかもその日は夫が亡くなったときと同じく
暖かく穏やかな日で、
お坊さんが帰った後もなんだかぼんやりその日のことを考えて
夫の供養の余韻に浸っていました。

いい一周忌だったな。

素直にそう思えました。


なんだかこの1年は、
あっという間のようで
長かったような
不思議な感覚で過ごしてきましたが、
私は今、わりと前を向いて生きています。

去年の6月くらいまでは
なんとか毎日を生きつつも、どこか鬱々としていました。
でも、なぜか梅雨が明けたくらいからとたんに頭がクリアになり、
次に私がすべきこと、したいことが次々に浮かんでくるようになりました。

7月中旬には行動に移せるようにもなり、
グリーフを習ったり、夫のことを記事に書いたりと
次のフェーズに進めたことをなんとなく実感した時期でした。

なぜなのか、これ、という理由は思い当たらないのですが、
おそらく、たくさんの人と話をしたからではないかと思います。
緊急事態宣言が解除され、少しずつ人と会うようになって
いろいろな人と話をしていくうちに、
心も頭も整理され、物理的な寂しさも減ったように感じます。

あとは単純に、夫がいない生活に慣れたということもあるのかもしれませんが、
夫がいない世界でも生きていけるという自信のようなものも
少しずつ根付いてきたのだろうな…。


とはいえ、このタイミングやかかる時間は
本当に個人差があると思います。

早いとか遅いとかはないので、
焦らず、頑張らず、なすがままが一番かと思います。
必ず、悲しみの出口の光が見える瞬間がくるので、
後ろや前を見ながらとりあえず、
なんとなく歩き続けてみてください。
涙も我慢しなくて大丈夫。
それが自然な感情ならば、泣きましょう。
私もそうしています。

まだまだこれからの自分の感情が想像できない部分もありますが、
また何か発見があったときは
ここで書きますね。

実は『女子SPA!』での連載もひっそり続いていきそう。
なので、また続きもぜひ読んでくださいませ!





  1. 2021/03/12(金) 10:00:00|
  2. 夫の喪失体験
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座禅体験に行って疑問に思ったこと

最近、座禅に行ってみようということになり
都内のある寺の座禅会に参加しました。

なんとなく座禅というと、
静かで伸び伸びした環境で
穏やか且つ凛とした雰囲気の中、身を清める…
みたいな印象がありませんか?
「何か新しい発見がありそう♪」と思い
ワクワクしながら参加したのですが、
終わってみると何やらモヤモヤ。。

ということで、座禅体験で気づいたことについて
ちょっとここで書いてみようと思います。

ただ、まず最初に言っておきたいのは
座禅自体はとてもいい経験になり、
決して悪いものではなかったです。
また、知識のない状態で参加した私にもある程度問題があり、
且つその宗派の考え方や習わしがあると思うので
そこは仕方のないことだと理解しています。
なので、これは文句とか批判とかではなく、
私個人のただの感想だと思って見てもらえたら幸いです。

では、気になったことを箇条書きでお話しします。

1. 健常者しか参加できないだろうと思われるシステム
座禅会は、18時から行われたのですが、
初回の人は17時半にレクチャーがあるとのことだったので
同行者と一緒に15分前くらいに寺へ入りました。

あまりに寒かったので、コートを着て入ってきた状態のまま座っていると、
レクチャーをする男性の僧侶?が入ってきて私の姿を見て
「説明書きを読んでください」と軽く怒り気味に言ってきました。

「え?」と思いながらお金を払うところに行ってみると、
たしかに何やら説明書きが。
要するに、説明書に靴下を脱げと書いてあったのに
靴下を履いたままだったことをとがめられたようでした。
気づかなかった私が悪いのですが、
特に誰にも案内されることがなかったので
「これ視覚障がいがある人だったらどうするのだろう?」と思いました。

そもそもお寺ががっつり段差と階段ありまくりで超バリアフル。
その段階でいろいろ「うーん」と思ってはいたのですが
まぁ古いお寺ならそういうこともあるか…と飲み込んでいました。

さらに座禅の最中は基本微動だにしてはいけないらしく
少し動いている人がいると「ガサガサ動くんじゃない!!!!」とものすごい勢いで住職が怒鳴り、
そもそも緊張していた空気がさらにピーンと張り詰めた状態に。。

これ多動症の人だったら絶対できないじゃんと思ったり。
そもそも座禅が始まったらトイレも行ってはいけないので、
排尿・排便障がいがある人もできないな~と思いました。
あと重い生理の女性も難しいかも…。
生理中じゃなくてよかったと心から思いました。。

かと思えば、移動や片付けはとんでもないスピード感を求められます。
終わったらすぐ立ち上がり座布団を片付けるなど
無駄な動きをしないで決められたことをサッと行うのが
ルールなのか習わしのようなのですが、
お年寄りや体のバランスがとりにくい人にも難しいはず。

「これ、健常者(もっと言うと、男性で、ある程度足腰とメンタルが強い人)じゃないとできないな…」
と痛感しました。

ちなみに私は繊細さんと言われる
HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の気質があるので、
突然の大きな音や光がとても苦手です。
なので、突然の怒鳴り声や音叉(おんさ)?のようなキーンという音にビクッと反応してしまい、
それもわりと恐怖でした。。

2.空気を読むことを強要する印象
これはすごく日本っぽいなと感じたのですが、
最初のレクチャーで「周りを見て学べ」と言われました。

もちろん、何事も技術とかは先輩を見て学ぶっていうのはありますが
右も左もわからない人たちに見て学べというのはなかなかハードルが高いです。
(しかもこれも視覚障がいだったらどうするんだという話で。。)

さらに、座禅の最後にお茶とお菓子をいただくのですが
その配膳もものすごくスピーディ。
無駄のない動きで行わなければならないので、
いただく方も効率よくできるよう考えて動く必要があります。
一応レクチャーでやり方は教わるのですが、
その場でできなくても教えてくれるわけではありません。
終始、なんとなく周りを見て「こうするのね」と思いながら
そのスピード感に合わせて動く形になります。

このずっと空気を読めという無言の圧力が
かなりプレッシャーでストレスでした。。
発達障がいの人はこれ厳しいと思うし、
私のようにHSPの人は「空気読まなきゃ」という気持ちでいっぱいになり
かなりしんどいと思います。

3. みんなと同じじゃないといけない感が強い
空気を読む、と似ていますが
同じ行動を取らないといけない感じがすごく重いです。

みんなと同じタイミングで同じ行動をし、
乱してはいけない、という感じがそこここに見られます。

上述した、お茶とお菓子をいただくときも、
とんでもないスピードを求められます。
参加者は常連が30名ほどいるのですが、
その常連さんたちと同じスピードで食べて飲まなければなりません。
私より先に届けられた人たちを見てみると、
30秒くらいでお茶とお菓子を流し込んでいます。
もともと食べるのが早くない私としては
脅威でしかありません…!

「ヤバ、あんなスピードで食べるの!?」と内心ヒヤヒヤしながら
届いたお菓子を開けてみると、のど越しの悪い大福系。
「これを30秒で飲み干せるか!?」と思いながら
やるしかないのでサッと口に大福を放り込み、
お茶を一気に流し込んでほぼ噛まずに飲み込みました。。

あやうく口が閉じられなくてお茶を吹き出しそうになりましたが
なんとか流し込んでお辞儀をし、お茶碗を返して終了。

ちなみにお菓子はとてもおいしかったです。
緑色の求肥に味噌あんが入っていた気がします。
(全く味わわずに流し込んだので詳しい味はわからず…)

「このお菓子を作った職人さんのためにも
ちゃんと味わいたかったな…」と思い、
ここもちょっぴり疑問を感じてしまいました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以上が私が覚えた違和感です。

結局、ここは男社会で優性志向なのかなぁというのが
終わった直後の感想でした。

もちろん、すべての座禅会がそうだとは思っていません。
きっと寺や宗派によっていろいろな考え方があるのだろうと思います。

とはいえ、障がい者のためのフリーペーパー『Co-Co Life☆女子部』を作っている私からすると
ちょっともう時代遅れなのでは、という感じも否めませんでした。。

ここに疑問を持たない社会ってのもちょっと心配だなぁ…。

ちなみに、座禅をしてみて自身のことで気づいたのは、
私は他の人からどう見られているか、という部分を常に考えてしまうということ。
「初心者だと思って作法を見て笑われているかも…」
「服装が浮いてるような気がする」
など、ずっと座禅中も周りの人との違いのことばかり気になっていました。
まぁ、そういう空気の場所だった可能性もありますが、
確かに自分は周囲の反応を過剰に気にするところがあるので
これはいい気づきになったと思います。
座禅による収穫ですね。

あぁ、とりあえず言ってスッキリしました(笑)。
座禅の後に行ったご飯と銭湯の温かいお湯は
クタクタになった私の心を癒してくれました。
それもセットでいい思い出です(笑)。




  1. 2021/02/02(火) 23:17:00|
  2. 思うこと
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専業主婦になりたかった私がフリーライターになるまで その2~社会人スタートから最初の結婚まで~

過去のブログを見ていて、すっかりそのままになっていた、
ライターになるまでの話。

忘れていたわけではなかったのですが、
あまりにいろいろなことが起きていて
自分のことを詳しく語るタイミングをすっかり逃しておりました汗

ということで、ぼちぼち続きを書こうかなと思います。

ちなみに、その1の記事はこちら。
専業主婦になりたかった私がフリーライターになるまで その1~学生時代~

私の大学生の頃は、就職氷河期の末期
特に有名な大学を出ているわけでもないので、
私の周りにも何十社も受けているのに就職できずにオロオロしている友人は
うじゃうじゃいました。

そんな中、私は運よく某パソコンスクールにインストラクターとして就職できることになり、
希望していた教職に就けたことで順調な社会人の一歩を踏み出せたと思っていました。

しかし…入ってみるとその会社はかなりの経営難で、
しかも超がつくブラック企業。。
定時が朝10時~夜10時(休憩1時間45分、週休2日)という、とんでもない事態で、
インストラクターにも営業のノルマを課して、
毎日本部から「今日取れなかったら知らねぇぞ?」と脅しのような電話がかかってきます。

生徒さんに教える仕事はものすごくやりがいがあるし楽しかったのですが、
その社内体制に半年で体を壊し、転職することに。
ありがたいことにパソコンソフトの知識はかなりあったので、
すぐに事務として雇ってもらうことができました。

次に就職したのはハウスメーカーの子会社で
こじんまりとした会社でしたが、
先輩方が厳しく優しく温かく育ててくれたので
教師という希望の仕事ではなかったけれど、少し仕事の楽しさを感じられるように
超生意気だった私でしたが、社会人としての常識や仕事の仕方を教えていただきました。
(ミスをしても絶対謝らない、下っ端のミスは上司の責任だろと言ってしまうような
ひどい社員でした…恥)

とはいえ、その時の私は「もう働きたくない」という気持ちの方が強い状態。
もう社会の冷たい水は浴びたくない…
他人のお金で生きていきたい…
好きな人のために家事と育児をして、空いている時間に好きなことをして過ごしたい…

そんな甘い考えがずっと頭を満たしていました。

そのため、この仕事をしている間に当時付き合っていた彼氏と結婚の話を進め、
1年で寿退社をしました。

そして24歳で一度目の結婚。
友人の中でもわりと早い結婚で、正直当時の私は「人生の勝ち組になった」と本気で思っていました。

今まで勉強でも仕事でも脚光を浴びてこなかった私にとって、
周囲に羨望のまなざしを向けられることはかなりの快感でした。
「結婚」をするだけでこんなに気分がいいものかと、最初は本当にウキウキでした。
そう、最初だけは…。

ふたを開けてみると、夫の給料だけでは2人で生きていけないことがわかり、
あれだけ「専業主婦」にあこがれていた私でしたが
働かざるを得ない事態に。

自分の遊ぶお金が欲しかったのもあり、
仕方なく適当にデータ入力の仕事を派遣で始めました。
そこでは当初10名ほど雇われたのですが、
徐々にクビを切られ、1年後に残ったのは2名。
私とそのパートナーだった若い女性だけでした。
ここでもパソコンインストラクターだった時の知識と技術が活かされて、
さらにパートナーとの相性がよくて仕事のスピードがかなり速かったんです。
あとは私たち2人は社員さんとのコミュニケーションがかなり上手だったところもあります笑
平たく言えば、とてもかわいがってもらえていたんですよね。

そんなサバイバルに勝てた自信もあり、仕事は適当に楽しくやっていました。
でも職場が遠かったことがあり、冬場になると体調を崩しがちに。
(総武線を毎日往復2時間かけていたら、2週間に一度扁桃腺が腫れるという事態に…)
結局夫の助言もあり、家の近くの職場で仕事を探すことにしました。

しかしこの決断によって、のちに私の運命を変える気づきと出会いが起こるのです…!

…ちなみに、この段階でライターになろうという思いは
これっぽっちもありませんでした。
ライターという職業があることすら知らなかったです。

とりあえず私の頭の中は
「働きたくない」でいっぱいでしたし。

ただ、働きながら承認欲求が満たされていくのは感じていました。
何か自分が活躍できる場所があるのではないか、ということは
漠然と感じていたとは思います。

ただそれが家庭なのか仕事なのかは
分かっていませんでした。

今の自分から考えると、この当時の自分は他人のようです。
価値観って変わるんですよね…。

ということで、この続きはその3で。




  1. 2021/01/24(日) 10:00:00|
  2. ライターになるまで
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今年もよろしくお願いいたします

怒涛の2020年が終わり、ついに2021年が明けました。

昨年は夫の最後の看護生活と看取り、その後世間はコロナ禍となり、
混乱の中で新生活を始めながらもグリーフケアの勉強、女子SPA!での連載などなど、
本当に大きなアップダウンがあった1年でした。

ほぼ間違いなく、私の人生のトップ3に入る、どでかいインパクトがあった年だったと思います。。

とはいえ、いろいろありながらも、絶望は一度も感じることがありませんでした。
とんでもなく深い悲しみはありましたが、希望はまったく失うことなく、
これからいいことがある、と不思議な光を感じられていました。
きっと私が先を見失わずにいられたのは、
たくさんの友人や仕事仲間、家族など、周りの人たちの支えのおかげ。
これほど人とのつながりを大切に感じた1年はなかったなと思います。

また、連載が始まってから、このブログにたくさんの方が訪れていただき、
コメントもいただきました。
同じ経験や境遇の方とつながりあえることの幸せと温かさに気づけたのは、
私にとって大変重みのあることで、このブログの本来の意義はこれだったのではと気づきました。

今後も、同じ苦しみや悩みを経験された方々に向けて、
何かきっかけや光を見つけてもらえるようなコンテンツを作っていきたいと思っています。

あと約1か月で、夫が旅立って丸1年。
あっという間だったけれど、1日1日とほどいていくと、
さまざまな感情と出会い、乗り越えてきたなぁ。
今でも「もう全然元気!」と笑える日もあれば
「これは現実?」とほろほろと涙がこぼれる日もあります。

でも、確実に今の自分は去年の私より前に進めている、と感じています。
それはきっと、過去に対して引きずったり囚われたりすることなく、
過去も自分の一部だと思えているから。

今の自分は夫との時間があったからこそ存在していると思えるから、
自信を持って足を前に出すことができているのだと思います!


そんなことを思いながら2020年が過ぎていきましたが、
なんとなく、昨年の終わりくらいから追い風を感じる日々。
うまく言葉にできないのですが「来てる来てる!!」っていう感じがしています笑

なんだか今年のみずがめ座の運気はかなりいいとどの占いの本にも書いてあったので笑、
そのせいもあるのかも?笑

このポジティブな勢いに乗って、
今年はさらにチャレンジしていこうと思います!

未亡人として経験した、いろいろな感情や心の動きなども
今後また発信していきたいです。

まずは夫の1周忌を無事に終わらせて、
今年の妻の役割を全うしたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします!



  1. 2021/01/02(土) 23:46:00|
  2. 夫の喪失体験
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2月に夫が旅立ちました

すっかり新型ウイルスのせいで日常が様変わりしてしまった方々も多いかと思いますが
皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

早くちゃんと報告をしなくては、と思いつつ
こんな時世となりタイミングを逃していたのですが、
2020年2月3日に夫が亡くなりました。

実は3年間肺がんの闘病をしており、
ずっと隣りで支えていたのですが
ついにその日がきてしまいました。

そもそも、私が結婚したこと自体、
ここで報告していなかったのですが
昨年の11月に入籍しました。
ずっと事実婚でいいと思っていたのですが
夫が突然「婚姻届出さない?」と言い出して。
おそらく先が長くないと悟った夫は、
ちゃんと形を残しておこうと思ったのだろうと思います。
今となっては子どもがいない私たちにとって
戸籍という形で一緒にいたという証拠が残せてよかったと思っています。

がんが発覚した3年前、夫は脳梗塞で入院していました。
(肺がんが原因の脳梗塞でした)
ステージ3Bで、すでに手術はできないところまで進行していました。
そのときはショックでしたが、
今はさまざまな薬があることを知り、
しかもいくつかの薬がよく効いてくれたので、
私も夫も前向きに希望をもって闘病に臨んでいました。

結果的に夫は一生懸命治療に耐えぬき
一般的な余命の中央値よりも長く生きることができました。
それでも61歳という若さ。
どんなに悔しく無念だったかと思うと、
涙があふれて仕方ありません。

最後の2週間は本人の希望もあり、
自宅で看護しました。
初の完全介護でしたが、
ケアマネージャーさん、ヘルパーさん、看護師さん、
訪問診療の先生など、たくさんの方々に支えていただきながら
無事に看取ることができました。
毎日誰かしらが家に来るように予定を組んでくださり、
いつも「ちゃんと寝られてる?」「困ったことある?」と
声をかけてくれて、何かあるとすぐに駆け付けてくれて。
まったく心細さや弱気になることがなく、
日本の福祉って捨てたもんじゃないな!と心から思いました。

今、夫が旅立ってから2カ月半が経ちますが
一人で生きているようで二人で生きているような
不思議な感覚です。
2カ月半も夫と会話しないことなど今までなかったので
寂しくないといえば嘘になりますが、
わりと一人暮らしの生活に慣れてきています。
夫が入院していたときは家で一人だったので、
その延長のような感じ…なのかな。

徐々に徐々に存在を消していくように亡くなったからか、
とても自然なことのように死を受け止められている気がします。

亡くなったことはもちろんすごく悲しいのですが、
夫の死とともに私のバージョンがアップデートされたような感じで、
今の私は新しい私、という比較的前向きな気持ちでいます。

夫と過ごして学んだことは山ほどあります。
がん治療のこと、障害年金のこと、お金に困ったときに行政でしてくれること、
介護のこと、看病する人の気持ち、葬儀のこと、未亡人の気持ちなどなど。
これは私の大事な知識や経験となり、身になっています。
これがバージョンアップの源なんだろうな。
こんなに貴重な経験をさせてくれた夫に、心から感謝しています。

とはいえ、闘病真っ只中のときは
素直に「感謝」などと思えなかったことも多々あります笑。
「なんで私が」「自由がほしい」と何度思ったことか。。
そんな思いが爆発してケンカしたこともたくさんありました。。
今思えば肉体的に苦しいのは夫の方なのに、
ひどかったなぁと思いますが…。

でも最期まで「もうこれ以上できない!」というほどやりきったので
私自身、後悔はほとんどありません!
大変ではあったけれど自宅看護にしてよかったです。
いつかまた夫に会えるときがあるなら、
「どうだった?幸せだったでしょ?」と聞いてやりたい笑

いつか夫からいただいた貴重な経験を
何らかの形で出していけたらと思っています。
それが私の仕事ですから!

まずはこの新型ウイルスの危機を乗り越えつつ
今できることを粛々と進めてまいります。

看病でできなかった仕事もたくさんありますので、
今は少し時間にも余裕があるし
これからはもっと精力的に頑張ります!!




  1. 2020/04/17(金) 23:48:00|
  2. 夫の喪失体験
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